【訪問取材】FXトレード・フィナンシャル鶴泰治社長 独占インタビュー Vol.1

FXトレード・フィナンシャル鶴泰治社長 独占インタビュー

FXトレード・フィナンシャル エントランスと鶴泰治社長

FXTF 訪問取材!

バイナリーオプションワーキンググループで座長を務められたFXトレード・フィナンシャルさんを訪問し、鶴社長に直接お話しを伺ってきました。
新バイナリー【バイトレ】の魅力から、今後のバイナリーオプション業界の行方まで、ココでしか聞けない情報満載です。これからバイナリーオプションを始める人も要チェック!


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******* 目次 *******


  1. 鶴社長の経歴と現在の御社について

  2. 新バイナリーオプション【バイトレ】について

  3. バイナリーオプション規制と今後の動向について

1. 鶴社長の経歴と現在の御社について

前職、三菱信託銀行時代のプロディーラーの世界はどのような感じだったのでしょうか

20年以上ずっとディーリング関係の仕事に

入社して2年ぐらいは普通に支店の銀行員だったんですが、人事異動で資金為替部というディーリングの部署になってから会社を退職する2008年まで、20年以上ずっとディーリング関係の仕事に携わっていました。

鶴泰治社長

最初に、為替ディーラーをやったのですが、途中デリバティブディーラーなんかもし、その後お客様の年金資金を運用するファンドマネージャーをするなど、20年くらい常にディーリングルームにいました。
逆に言うと、銀行の根幹にある融資の世界は一度もやったことがないんですよ。だから半沢直樹の世界はよく知らないのですが、周りの同期などに聞いても、あの話しは多少は大げさに現してはいますが、かなり如実に現してますよ。銀行内での内部抗争とか金融庁の話とか、銀行時代のいろんな事を思い出しましたね。
だいたい銀行は私もそうなのですが、慶応出身者が多いんですよ。しかも慶応の体育会系の人が多く、そしてラーメン二郎の話が出てくるんですよ。(笑)

そういえば、前回の取材時に鶴社長がラーメン二郎の凄いカードを持ってらっしゃると伺ったのですが

ラーメン二郎スペシャルカード!

ラーメン二郎目黒店限定 大W無料引換券

実は、私の同期の友達が目黒のラーメン二郎をやってるんですよ。これ貴重でしょう!?

「ラーメン二郎目黒店限定 大W無料引換券」!

これは、同級生しか持ってない貴重なカードなんですよ(笑)

学生時代は、ジロリアンだったのですか?

そうですね、学生時代はもちろんよく行ってましたよ!週一回くらいは行ってましたかね。
私が大学時代にはラーメン二郎がまだ本店の一店舗しかなく行列も凄かったです。
大Wの上に、メニューには無いのですが「増し増し」というのがあるんですよ。麺が3倍でその他の物が全て増しで入ってくるんですよ。
それをですね、大学時代に先輩にやれと言われて一度食べたんですが、途中でスープを注ぎ足されましてね。いわゆるコレが『恥』と呼ばれるんですよ(笑)
だからまた後日チャレンジしまして、ガ~~っと食べて、スープを注がれずに完食したという想い出もありますね。(笑)

かなり脱線したので、為替の話をしなければですね。(笑)

是非ディーラー時代のお話をお聞かせ下さい

私が為替ディーラーとしてスタートした時代は、1985年のプラザ合意以降ですから、円高の時代で日本がバブル全盛~バブルがはじけるような時代でした。経済が好調でイケイケどんどんで常に何をやっても右肩上がりの時代でしたから、為替相場も今と違って活況だったんですよ。
当時ロンドンが市場として一番大きくて50%くらい、ニューヨークが20%くらい、そして東京が20%弱を占めるような時代で、東京外為市場もかなり活況でした。日本の企業もかなりリスク許容量が大きかったので、大相場で大変だけど面白い時代でした。

当時は日本で最大の運用というのは年金で、まだ投資顧問会社がなかったので、その頃、年金を運用できるのは信託銀行と生保しかなかったのです。
ですから我々の信託銀行の中には運用セクションがあるので、為替の玉がガンガン入ってくるわけです。
そんな時代ですので、かなり大きなポジションを持って、力で為替マーケットをねじ伏せることができるくらいの大きな玉でディーリングができていました。そういう意味では、銀行の看板に助けられていたというのはありましたね。

市場を動かすくらいとは、凄いですね!

鶴泰治社長

当時、アメリカは80年代後半から暗黒の時代に入っていた為、欧米の銀行はトリプルBみたいになっていて、体力がなく為替の世界ではマイナーな存在でした。
その頃は日本の銀行が主流で、本国からのリスク許容量が低い欧米の銀行は日本の銀行には太刀打ちできないという時代でした。
私もロサンゼルスに居たのですが、カリフォルニアが主要戦場地だったんですよ。
ロサンゼルスにみんなディーリング拠点を置いて、最後のロサンゼルス市場で値を動かすという時代でした。
ダウンタウンの金融街があるのですが、その辺りはほとんど日本の土地というくらい日本は元気だったんです。

そういう世界で、当時の日本の都市銀行や信託銀行が、東京外為市場および世界市場をかなり動かしていたのですが、95年ぐらいから日本の企業がどんどん元気が無くなってきました。
バブルが崩壊して、東京外為市場はどんどん落ちぶれていく過程で、98年に外為法が改正されたと同時にFXが個人に開かれたのですよ。

FXとの出会い

私がFXを知ったのは、2005年くらいにイギリスに転勤になった時、その頃ロンドンで流行っていた事がきっかけです。
1998年から外為法が改正されて個人にFXが開かれたのですが、それまで東京外為市場に占める個人の割合は私達も気づかないほど小さく、注目されていなかったんですよ。

2007年ごろがFXピークで、ミセスワタナベだとか日本でFXが活況になってるらしいと聞いていたのですが、私が帰国する頃にはサブプライムローン問題などで個人が勝てなくなってきて、FX業界の方も淘汰が始まり規制等も始まりだしたのが、私達が始める少し前のことでした。
その頃は、まだ130社くらいありましたが、競争が激化している中、2008年に後発組として入ったのです。
そして、スタートしてすぐ直後にリーマン・ショックが起こったんですよ。(苦笑)
アイスランドクローネを入れようとか言ってたんですが、入れなくて良かったとか話してましたね。

そこからが、戦いと規制の時代になり、優劣がFX会社に付いていくという時代でした。
いろいろ規制がある度に、取扱高が若干落ちたりもしましたが、全体的には取引ボリュームや口座件数などは右肩上がりで伸びてきています。FX業者の淘汰は勿論ありますが、残ったところが伸びている感じですね。

今では、東京外為市場におけるプロの取引ボリュームよりも、個人を中心としたFX業界の取引ボリュームの方が大きいという時代ですからね。
買えば儲かる時代が終わって、売ったり買ったりしてやればいけるということが2007,8,9年で根付いてきて、FXに資金流入が多くなり口座件数も増えてきています。

FXトレード・フィナンシャル社内風景

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海外アウトソーシングのお考えは変わっていないですか?

これは一貫して変えるつもりはないです

鶴泰治社長

私も金融の道で生きてきて世界を見てきたので分かるのですが、マーケットの規制とか金融の整備を含めて、日本の金融とITは欧米に比べ15年程遅れていると思っています。FXもようやくスタートし、CFDに至ってはまだほとんど伸びてない状況ですよね。海外ではあたりまえのようにCFDが個人に浸透しているのをみると、いずれ日本でもそうなると思ってます。
日本の業界でもそうであるように、欧米の世界でも淘汰が進んでますが、そんな先を行く欧米の会社で活用され、個人に信頼されている物を日本仕様にして持ってきた方が日本のお客様の為になるだろうという考え方です。
欧米のインベストメントバンクなんかもそうですが、一社で全てのことはやってないですよね。結構皆さんアウトソーシングしていて、強みを活かし弱いところはアウトソーシングするという形でやっていますし、弊社も当初からその考え方です。

現在特に注力しているサービスは何ですか?

これは、バイナリーオプションですね!

バイナリートレード「バイトレ」

特に12月からは、全社新バイナリーオプションに切り替えての幕開けだと思っていますので、個人のお客様には楽しみにして頂きたいと思います。

FX業界におけるこの「バイナリーオプション」という商品が、今後お客様に拡大していく可能性はかなり高いと感じています。FXとは取引手法やスタイルが違い、今までに無い角度の商品感覚がありますので、個人の余剰資金の運用先としてFXの中でも大きな分野に成長していくと期待しています。

規制による締め付けというより、幕開けだと感じられているということでしょうか?

そうですね、幕開けと感じています

鶴泰治社長

もともと、我々もルールが無い中でバイナリーオプションを始めていたのですが、まだまだ浸透していない状況でした。
しかし、これだけ人気が出てきてさらに拡大していきそうだから、当局もきっちりとルールを作らなければということで「規制」という流れになったのです。

当局もある程度拡大を予想した上で、FXと同じように、FX会社がつぶれたり個人が脱税や破産に追い込まれる等といった社会現象になる可能性が出てきたので、動いたのでしょう。

事実、ワーキンググループが始まる前には、世界のバイナリーオプション市場における取引高の半分が、日本国内の6社で占めるという状況だったんですよ。
当局もルール作りをせざるを得なかったということですね。

今後は私達もルールに基づいた商品であれば開発できますから、より多くのお客様のニーズに応えられる商品をご提供したいと思っています。

日本証券業協会もバイナリーオプションのルールを制定

日本証券業協会も7月からバイナリーオプションのワーキンググループを開催し、この2013年12月1日にルールが制定されました。
今後はルールに合っていれば株や債権もバイナリーオプションを出せますので、私達も証券業協会に加盟して証券免許を取れば、そこに参入することもできますので当然そこは考えています。

投資助言・代理業の登録について

ミラートレーダー

これは、金融庁からミラートレーダーを提供している業者に対し投資助言免許を取得するようにという通達がありましたので取得したのです。


別途会費制や成功報酬型などで、付加価値のある助言サービスを行うことはお考えでしょうか?

そういった助言サービスをするつもりは今のところないですね。
投資助言を使って他の投資顧問的な事をやろうとしますと、社内的なウォールとかフロアーを分けたりとか、社内の体制を整えて利益相反の問題をクリアしなければならないので、これは今のところ考えていないです。

  

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  2. 新バイナリーオプション【バイトレ】について

  3. バイナリーオプション規制と今後の動向について

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